日本銀行

 

「純正リフレ派」帝国の逆襲

7日の日本経済新聞のコラム「大機小機」がユーモラスで面白い。
極めて少ない字数制限の中、率直なレッテル貼り、次期日銀総裁と金融・財政政策予想が語られている。


「中央銀行がマネーを大量に供給すれば、人々の『インフレ期待』が醸成され、物価も上がり経済も成長していく。
これが『世界標準だ』と言う一群をリフレ派と呼ぶ。」

コラムの筆者「三剣」氏は、リフレ派という概念を的確に定義している。
ちなみに、1文目の主張が実現しなかったのがこの5年間の日本である。
最もうまくいったと考えるべき米国でさえ、2008年から3回にわたって講じたQEを経ても2%物価目標を実現できていない。
2文目についても、FRBやECBが金融政策正常化に動き出していることを考えれば、もはや「世界標準」とは言いがたくなっている。

現在に至って、日銀の金融政策を急激に巻き戻せと言う人は皆無だ。
それこそ中央銀行のバランスシートを拡大してしまう量的緩和の恐ろしさなのだ。
反リフレ派にしても、急激な巻き戻しなど望んでいない。
その意味で現在、日本の金融政策に対する議論は収斂を迎えつつある。
では、リフレ派はどこにいったのだろう。
三剣氏はリフレ派を2つに分類している。

  • 「純正リフレ派」: 某 駐スイス大使を筆頭に「量」信仰を抱き、失敗を2014年4月の消費増税のせいにする。
  • 修正リフレ派: 黒田総裁を筆頭に財政再建や金融緩和の副作用にも配慮する。

次期総裁が純粋リフレ派から選ばれたらどうなるだろう。
三剣氏は2つの可能性を示唆する。


  • 安倍政権が再度の増税延期を考える。
  • 次期総裁が「宗旨変え」する。

前者は考えにくいのではないか。
借金返済にあてるはずだった増税による税収増の半分はすでに流用が決まっている。
それでも財源が足りない状況で、増税延期をするのでは、あまりにも角が立ちすぎる。

後者はありうるシナリオだ。
もともと純正リフレ派には極論を喧伝することで世に出ようとする人も多かった。
すべてはそこから始まったとも言える。

「かつてゼロ金利を解除した故・速水優日銀元総裁やインフレ目標導入に消極的だった白川方明前総裁が彼らの仮想敵で、批判というより罵倒する非寛容な姿勢が特徴的でもある。」

あの時のリフレ派の議論のしかたがあれほどまでに傍若無人・傲慢でなければ、金融緩和の議論はもっと実り多くなりえたように思える。
その意味で、そうした下劣なスタンスをとらなかった黒田氏が総裁に就任したのはせめてもの救いであったし、それが黒田人気の一因でもあった。
そして、黒田総裁は今も(外には多くを明かさないが)進化を続けている。
日銀審議委員はすっかり純正リフレ派と修正リフレ派の巣窟となったが、個々の審議委員の最近の発言にも緩やかな変化は見て取れる。

黒田総裁が頑なに出口を語らないのは、市場の期待に結わえつけたアンカーを外さないためにすぎない。
筆者はもはやアンカーなど存在しないと考えているが、それでも黒田総裁の行動は理解できないものではない。
早晩、日銀も長期金利ターゲットをいじらざるをえないだろう。
そうすることにご本人の心のつかえがないのであれば、黒田総裁が再任されればいい。
もしも心苦しいなら、新たな総裁を選べばいい。
その人選が修正リフレ派か反リフレ派からなされる以上、金融政策の歩みうるスペースはさほど大きく変わるものではないだろう。


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